脊髄小脳変性症ーSCDー患者家族の生活 ホーム »2010年07月
2010年07月の記事一覧

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

漢方治療~3  

 その後、日大光が丘病院への月一回の通院が続き、2年が経ちました。漢方薬が即効性のものではないとはいえ、そろそろ何らかの効果が現れても良さそうなものでしたが、妻に聞いても特に何の変化も無いようでした。通院している間に一度、中国人の先生が通訳の方と連れ立って昼食に出かけられるところを見かけましたが、二人していそいそと出かける姿は20代半ばの普通のOLさんのようで、なんとも頼りない印象を受けました。
 そのうち中国人の先生はビザが切れて帰国してしまい、内科の先生が後を引き継ぎました。やがてその内科の先生が退職して開業される事になり、それを潮時として漢方治療を中止しました。漢方薬は費用もかかり、服用にも手間がかかるのですが少なくともこの病気に対しての効果は無いと思います。
 もっとベテランの中医の方が処方すれば違いがあったのかもしれませんが、根本的なところで、私の個人的な見解で言わせていただきますと、そもそも漢方治療は日本人には向かないのではないかと思います。仕事で今関わっているある方のエッセイ本で、香港に住む中国人の男性に嫁いで、中国人の生活と社会を50年間見てきた方が書かれた文章の中で、中国人が普段からいかに漢方食材に大金をかけるかという事と、とにかくほとんどの生き物を『食べる事』を楽しむという事を読んで思いました。中国人という人種は「生きる」ことへのバイタリティーが日本人とは比べ物にならないほど強い。治安が悪く日本人の商社マンが数人しか駐在していないような国で、中国人が数百人生活しているという事を知った時も「こりゃ勝てない」と思いました。日本人が歩いていたら数分で身ぐるみはがされて、場合によっては命も失いかねないような場所で、数百人単位の中国人が虎視眈々とビジネスチャンスを狙って生活しているのです。こんな迫力段違いの人種だからこそ、運悪く難病にかかった時に漢方治療を受けたら、普段からの漢方摂取と野生動物を食して得られるエネルギーと相まって、良い効果が現れるのかもしれない。スポーツカーにはハイオクガソリン、ファミリーカーにはレギュラー。日本人には漢方治療を受ける素地が無いのかもしれません。
スポンサーサイト

category: 医療

tb: 0   cm: 2

漢方治療~2  

 そこで酒谷先生から提案されたのが、日大練馬光が丘病院の漢方診療科(だったか、東洋医学科だったか記憶があいまいですが)での漢方治療でした。中日友好病院から派遣された中国人医師が漢方薬を処方してくださるとの事で、妻も私も大いに期待して大江戸線で光が丘に向かいました。
 順天堂大学病院でも1回の診察で、診察からセレジスト錠を受取るまで(当時は院内で受取っていました)の待ち時間が合計6~8時間はかかりましたが、光が丘病院でも3~4時間くらいは待たされました。平日の昼の事ですから、忙しかったあの頃に私もよく付添い出来たものだと今更思います。
 外来で来ている患者さんの多くは難病患者で、車いすの方も多くいらっしゃいましたが、みなさん待ち時間の長さにいら立っておられました。ようやく診察室に呼ばれていくと、日本人の内科医の先生が中心にいらして、その横の祖末な机に20代半ばくらいの女性の中国人の先生と通訳の方がいらっしゃいました。中国人の先生はやはり直接の医療行為は出来ないので、日本人の内科医の先生の監督のもと診察を行うようで、内科医の先生から問診を受け、次に中国人の先生が脈と口内を診て、いくつか問診し10分くらいで終わりでした。
 処方された漢方薬を受取るのがまた大変で、光が丘からタクシーで大泉学園の漢方薬局に向かい、初回は1時間くらい待たされてようやく漢方薬を手に入れました。なんだかよくわからない木の枝やら葉っぱやら豆のようなものやら混じった漢方薬は怪しげで帰宅後これを煎じるわけですが、これまた手間のかかる作業でかなりの労力をかけてようやく急須に一杯の薬が出来ました。どっかで見たような気がしたのですが、確かジャッキー・チェンの映画『蛇拳』でジャッキーが傷を負った老師ユアン・シャオティエンに薬を煎じていた場面がありましたが、あれとそっくりの茶色い液体で、いかにも苦そうな匂いがしてました。これを妻がまた辛そうな表情で飲むのですが「良薬口に苦しだよ」などと諭しましたが果たして効果があるのか、少なくともその時は希望を持っていました。

category: 医療

tb: 0   cm: 0

漢方治療~1  

 順天堂大学病院で妻の病名が判明し、現代医学での根本的な治療法が無い事を宣告されて、なにか方法がないものかと躍起になって情報を探していました。
 そんなある日、神保町のある書店で一冊の本をみつけました。

 『なぜ中国医学は難病に効くのか―脳神経外科医がみた「不思議な効果」』

 読後、著者の酒谷薫先生にメールを書き、先生が外来を担当される日に日大板橋病院の脳神経外科に会いに伺いました。特定機能指定病院の外来で紹介書もなしに面会するわけですので初診料5~6000円とられましたが、このときは、「ワラをもすがる」心境でしたのでこのくらいの金額はなんとも思いませんでした。

 酒谷先生が中国上海市にある「中日友好病院」に勤められていた時に体験した事を中心にお話を伺い、中日友好病院への入院を勧められました。中国では難病であろうが何だろうが、漢方薬の直接注射で治療し、またこれがある程度の効果が出ているとの事です。ただし、中国の中でも、要人が入院するほどの高度な医療機関であり、当然ですが日本の保険制度は適用されないので、治療にかかる費用は医療費だけでも高額になります。また私たちの場合、妻をひとりで長期入院させる事も躊躇しますし、妻自身もそれは嫌がっており、まさか私が同行するわけにもいかないので、中日友好病院への入院治療はあきらめざるを得ませんでした。

category: 医療

tb: 0   cm: 0

新しい環境での生活~2  

 得意先「T書店」は寛大にも神奈川への転居後も変わらず仕事をさせて頂いています。新たに知人の紹介で某出版社から書籍の装丁の仕事も頂けるようになりました。「JN社」も近年は年に2回くらいに減りましたが、変わらず仕事を頂いており有り難い事です。
「JN社」とはそもそものお付き合いのスタートの時期が、妻の病気の判明の時期と重なり私としては仕事への姿勢とフォロー体制が充分でなく、申し訳ない事をしました。
 当時の妻の精神状態からして長時間一人にしておくのが不安なため、夕方6時には事務所を後にして帰宅していました。一般企業でもこの時刻での退勤は早い方だと思いますが、出版業界ではちょっと早すぎる退勤で、ある仕事の打ち上げでの席でJN社担当部長に「俺は家庭第一の人間とは仕事をしたくない」と嫌われてしまいました。それは当然でしょう。誰だって仕事で自分と直接関わる場合は、仕事を最優先する人としたいでしょう。
 私はデザイン会社在席時は月に1回帰宅する以外はほとんど会社に“住んで”いましたし、独立後もやはり2週に一度帰宅する以外は事務所に泊まりこんでいました。10日間トイレ以外デスクから離れず、睡眠をとらずに仕事をした事もあります。それほど仕事には情熱を傾けていました。その情熱の半分でもJN社の仕事に傾けていたら、今頃はもっとたくさんの仕事を頂いていて、こんなに売り上げが減る事も無かったでしょうか。だけど、妻をほっといたらどういう事になっていたか…当時の私にはどうにもならない事でした。

category: 生活と環境

tb: 0   cm: 0

新しい環境での生活~1  

 昨年末のマンション売却による最初の引越し、そして今年4月に念願の鷺沼エリアへの2度目の引越し。妻にとっては過去の気持ちの清算、新しい生活の幕開けでした。
 家内も私も独身時代から都心に住み、結婚後も都心からそう離れていない場所に10年間住んでいましたが、川崎市に引っ越して都内との環境の違いに驚きました。朝は見た事もないような小鳥のさえずりで目覚め、空気がきれいなせいか車を外に駐車していてもあまり汚れないようです。都内なら洗車して翌日には粉塵がうっすら積もるというのに。
 私は以前は秋から春先にかけて気管支の不調で痰がからんで息が苦しく、引っ越し後落ち着いたら呼吸器科の病院に行こうと思っていたのですが、引っ越して1週間ほどで咳も痰も出なくなりました。家内はSCDの症状に加えてめまいと吐き気を催す事がたびたびあり、引越し当日も一時は空いている部屋で横になって休んでいたほどでしたが、引越して以来めまいと吐き気がすっかり消えたようで、従来のSCDの症状は当然ありますが、めまいと吐き気が無いだけでも少し楽にはなったようです。
 
 私はもともとは千代田区の方に事務所を借りて、時期によって正社員、派遣、外注など数人のスタッフと仕事をしていたり、編集プロダクションと共同でオフィスを借りたりという環境で仕事をしていましたが、出版不況の世相の中、一つまた一つと得意先が無くなり、4年前に最後に借りていた恵比寿の事務所を解約し、自宅マンションの6畳の部屋で仕事をするようになりました。
 ちょうどその頃に妻が犬の散歩中に転倒し、これ以上犬の散歩も一人での外出も困難になってきたという事もあり、仕事と家事の両立のためにも自宅で仕事をするのは都合が良い事でもありました。ただし、自宅が都心にも近い事が前提であり、神奈川に転居するという事になると果たして得意先の反応はどうであろうかと、戦々恐々の気持ちでした。

category: 生活と環境

tb: 0   cm: 2

東日本大震災

PR

プロフィール

最新記事

月別アーカイブ

カテゴリ

カレンダー

メールフォーム

▲ Pagetop

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。