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2014年01月の記事一覧

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SF映画と科学の進歩  

昨夜のワールドビジネスサテライトで3Dプリンター技術を医療に応用する内容が放映されました。
アメリカが一歩リードしているようですが、国内でも医療ベンチャー企業等で研究されており、
そのうち自分の細胞から作った臓器を移植する時代が来るかもしれません。


少し前に『エリジウム』というSF映画を観ました。
その映画の中で、手榴弾の爆発で顔面のほとんどを損傷する重症を
みるみるうちに短時間で復元治療するシーンがありました。
まさに医療3Dプリンターの行き着く先という感じです。
この映画の核になっているテーマが富裕層と貧困層の極端な二極化で、
そこに絡んでくる未来のマシンが前述のシーンでも登場する「医療ポッド」。
富裕層が一家に一台備えているこの医療ポッドは
あらゆる病気をスキャンして正常な状態に「治療」してくれる。
『プロメテウス』という別のSF映画でも宇宙船内の「医療ポッド」で手術をするシーンがありました。

versacemedpodelysiumconceptart.jpg

人間が想像するものはほとんどが近いうちに実現化されるという説がありますが、
これまでSF小説や映画に登場したアイテムが実現化した例が数多くあります。
http://gigazine.net/news/20130407-true-sci-fi/
スマホなんて良い例ですが、タッチスクリーンも以前の記事で書いた「AIP」の技術でそのうち実現しそうです。

「医療ポッド」は多くの人が実現を願うものなので、いつか必ず実現するのではないかと思います。
でもその前にすべての病気の治療技術の確立が、一日も早く実現することを願います。


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category: 医療

thread: 医療・病気・治療

janre: 心と身体

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ジャクソンちゃうし……  

最近やたらと海外からスパムメールやフィッシング詐欺メールが来るので、
プロバイダの迷惑メールサービスに加入したのですが、
それをくぐり抜けて来たのがこのメール。

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差出人: Sheri
件名: Want to know me?
日時: 2014年1月24日 21:36:57 JST
宛先: Jackson

Ave my dear friend Jackson
My sweethearts image is engraved in my heart.
I serious and well-balanced person.
I miss my darling though I've never met him and wish we meet soon addr_3
With love comes patience, but it's worth the wait for to share my wonderful feelings with my beloved man.
I dream to meet open, loving, outgoing, considerate to everyone, caring, romantic man.
Good-bye
Sheri

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シェリィに口説かれているのでしょうか?
.frってフランスかな……もしかしてパリジェンヌかな……

category: 生活と環境

thread: こんなことがありました

janre: ブログ

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『獺祭 50 純米大吟醸』  

DSCN1907-low.jpg

今空前のブームを巻き起こしている獺祭
先週の『カンブリア宮殿』の放送を観て思わず「飲んでみたい」と思い、ネットで探してみたものの、
楽天の酒店では1月14日の入荷の当日に売り切れてしまったそうであきらめていたのですが、
今日の書道講座のあと百貨店地下の酒店をのぞいてみたところ、あるじゃないですか!
「お一人様一本限り」と購入限定されているものの私が見た時は、3グレード分けっこう在庫がありました。

獺祭(だっさい) 純米大吟醸 温め酒50  720ml

獺祭(だっさい) 純米大吟醸 遠心分離 磨き二割三分 720ml 山口県 旭酒造

上のamazonリンクでも一部在庫あるみたいです。



購入にあたって日本酒のことを基礎から調べてみました。
蕎麦屋などで飲んだ「久保田 萬寿」や「越乃寒梅」はすっきりフルーティで美味しく感じるのに、
ふだん神棚のお供えに使う酒は「酒臭くて後味が嫌な感じ」なのは何故なんだろう。
それは日本酒の原料に関係してくるようです。
根っからの酒好きなら芳醇さやコクを求めるでしょうが、私の場合は薫りが高く軽快な飲口を求めます。
その場合、醸造アルコールを含まない「純米」。
そして贅沢に米の外側をトリミングした「大吟醸」を選べば間違いなさそうです。

獺祭の場合いきなり「磨き三割九分」(原料米の外側61%を削る)は贅沢すぎるかと思い、
「50」にしました。これだって山田錦を外側50%も削ってしまうのですから充分に贅沢な高級酒です。


こういう時に使う酒器を一昨年に熱中していた「吹きガラス」で作っておけば良かったのですが、
作ったのは出来の悪いロックグラスばかりなので、
家にある中でなるべくうす口の既製品のグラスで味わってみました。


最初に香りを嗅ぐと、爽やかな果実臭。
口に含むとさらにフルーティな甘い香りが広がりますが、飲んでみるとすっきりした穏やかな辛口。
ワインのような酸味はないですが、目隠しをして飲むと果実酒と間違えそうな清涼感があります。
いつもお神酒に使用する日本酒は800~1000円くらいの価格帯なので、
それに比べれば720mlで1500円くらいというのは高く感じますが、ワインに比べれば安いです。
以前酒好きな人に「ふなぐち菊水」を薦められて、飲んだ後で頭痛に悩まされましたが、
この獺祭は酔い醒めも爽やかでした。

「カンブリア宮殿」の放送では製造元の旭酒造は海外展開を視野に工場拡張を急いでいるようです。
日本料理とともに日本酒や焼酎が海外で人気が高まると日本人としては鼻が高いですが、
酒好きな人にとっては入手が困難になると迷惑なのかもしれませんね。

category: 食べ物のこと

thread: 日本酒

janre: グルメ

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祖母の半生  


14日から15日にかけて祖母の葬儀で福岡に行って参りました。
祖母は昨年末から正月にかけてこん睡状態に陥っていましたが、
正月明けには意識が戻り、父や叔母と会話が出来るほどに一時回復していました。
しかし、一週間後の三連休最終日の13日深夜にとうとう旅立ちました。
享年94歳の大往生でした。





小さい頃から私や弟は祖父母の戦時中の苦労や満州国での生活、祖母の青春時代の話などを、
繰り返し耳にタコが出来るほど聞かされていました。
葬儀の合間に親類で祖母の話で盛り上がりましたが、その中で叔母から改めて聞いた話を合わせて、
私が把握しているだけの祖母の半生を書いておこうと思います。






戦前の祖母は福岡市の中心部にある簡易保険局に勤務していました。
仕事の後は一日に二〜三本の映画をはしご鑑賞したり、
カフェー(祖母の言い方なのですが)でお茶を飲んだりと自由な生活を送っていたそうです。
また、歌うことが大好きな祖母は職場からもほど近い教会の
「コーラ・ステルラ」という合唱隊に所属しておりました。
そんな祖母には言い寄って来る男性の影もチラホラあったようで(本人談)
保険局の上司の告白を袖にしたこともあるそうです。
いずれにしても束の間の平和な時期に大いに独身時代を謳歌していたそうです。


日本が戦争に突入した頃、祖母が言うには「騙されて」、満州国で事業を興していた祖父に嫁ぎました。
当初は事務員としてスカウトされたようなニュアンスだったようです。
満州での生活は近所に住むロシア人たちとお互いの国の料理を教え合うなどの交流があったり、
気温が低いため納屋がそのまま冷蔵庫代わりで、一頭買いの牛の肉を吊るし、そこから削いで料理に使用するなど、
内地とは違った大陸特有のインターナショナルでワイルドな生活を送っていたようです。
そんな満州の地で父と叔父、叔母が生まれました。


敗戦色濃くなったころにはすでに祖父も招集されており、終戦時の引き揚げの際は、
当時27歳の祖母が単独で、三人の幼子を連れて新京から大連まで700km以上もの道のりを踏破し、
ソ連軍が次々と南下してくる大連で約一年間引揚船を待ったそうですが、
その間は何度も生命の危険に遭遇したそうです。
ロシア兵が家に強奪に来る時は、いつも父と叔父、叔母を床下に隠して、
銃を突きつけられながらもうまく渡り合い子供たちの命を守り通しました。
引揚時は多くの日本人が惨殺されたり、身包みはがされたりしたそうですが、
もしこの時に祖母の子供たちが命を失っていたら、私と二人の弟、従兄弟たちはこの世に生まれていませんでした。


大連から九州への引揚船の中で祖母たちは復員した祖父と再会したそうです。
博多に戻ってからの生活も、食料確保が困難で、何十キロもの米を遠方から担いで運んできたり、
相続問題の嫉妬から祖父の兄妹からのイジメがあったりなど、
独身時代とは正反対の苦労の時期が続いたそうです。





子供の頃は戦時中の話を繰り返し聞かされるのが正直なところうんざりでしたが、
今になって祖父母の体験や苦労を、そして当時は多くの方が同じような或はそれ以上の苦労をされた事を考えると、
もっと詳しく聞いて記録しておけばよかったとつくづく後悔します。
今の私たちの世代が同じ苦労を乗り越えることが出来るでしょうか。
デパートの食堂のハンバーグやナポリタンを食べて育った私には到底無理な気がします。





私たち孫世代が生まれた頃の高度成長期は、祖父の会社の経理を一手に引受け、
資金繰りなどの苦労はあったにせよ、祖母にとっては幸せな時期だったのではないかと思います。
国内はもちろんヨーロッパやアジアへたびたび旅行に行き、好きな着物などをいくつも買い求めていました。
私は幼い頃、祖母の着物や陶器の買い物にお供をした記憶があるのですが、
長時間あちこちの店を渡り歩き、脚は痛くなるし退屈で、呉服店の緋毛氈の上で駄々をこねたことを覚えています。


集金に来る業社の請求はもちろん、プライベートの買い物でも常に値切るしっかり者の祖母を見てきたので、
そんな祖母が呆けてきたことには全く気づいていませんでした。
祖母の入れるお茶は不味く、私が20代の頃、一度お茶を飲んで一時間後くらいに激しく嘔吐し、
その後下痢と発熱で苦しんだ事があるのですが、どうやら茶葉を何日も代えてなかったようです。
その事を祖母に訴えても「うちは何〜んともなか!」と言い張ります。
激動の時代に大陸で生活した祖母の胃袋はよほど強靭だったのでしょう。
関西に嫁いだ叔母が帰省する度に冷蔵庫の食料や、生ゴミが腐敗していたりして掃除することも度々あったようです。
また冷蔵庫内にすでに大量にあるにもかかわらず、牛乳や卵をさらに買ってきてしまうなどの行動を考えると、
その頃から少しづつ呆けが始まっていたのかもしれません。
しかし、安らかな祖母の死に顔を見ると、最後の五年間は父の献身的な介護と二匹のシーズー犬に囲まれて、
穏やかな毎日だったのではないかと思います。

昨年11月に老人ホームに祖母を見舞ったときに、「ここで友達はできた?」と聞くと、
「友達なんかおらん!」と言っていました。
超然としてどこか同年代の人と変わっていた祖母は、宗教や超自然現象を全く信じない人でした。
私は子供時代、そんな祖母に宇宙人や幽霊の存在を信じさせようと躍起になって証明をしていました。

葬祭場の待合室で、私の末弟が老人ホームに祖母を見舞ったときの様子をiPhoneで撮った動画を見せてくれました。
その中で祖母はドイツ語だかスペイン語だかよくわからない言語でなにやら歌っていました。
独身時代の合唱隊で歌った歌を思い出したのでしょう。
叔母いわく「少女がそのまま老人になったような人だった」という言葉をよく表した動画でした。



私にとっては偉大な哲人である祖父とともに超人である祖母。
いくら感謝してもしきれない二人です。

category: 生活と環境

thread: 生きること

janre: 心と身体

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愛宕神社〜2014  

DSCN1899-low.jpg

昨年は一人で行った愛宕神社。
今年は妻も一緒に参拝に行ってきました。
妻は先にエレベーターで登らせて、私は今年も〝出世の石段〟を登りました。

DSCN1901-low.jpg

何故か昨年よりも一段のステップが高く、しんどく感じます。
今年の運勢を暗示しているのか……

同時に登り始めた家族連れのお父さん(30代くらい)が
奥さんに手を引かれて登る女の子に「パパがんばって!」と応援を背に駆け上って行きました。
さすがに私は走っては登れそうにないな。
「この石段でコケたらケガが長引くんだってよ…気を付けてね。」との他人の奥さんの言葉に、
「そ、そうなのか…」とついつい足どりが慎重になります。


DSCN1904-low.jpg

今年は息が切れてしまいました……上から見下ろすとこんなですから。かなりの勾配です。

DSCN1903-low.jpg


事前に周辺のコインパーキングを調べてみると、
意外なことに愛宕グリーンヒルズの駐車場が一番割安でした。
ロビーで一旦休憩することも出来るし、トイレもあり(2階に多機能トイレあり)便利です。
テナントで入っている飲食店は平日のみ営業の店舗もあり、
お目当ての店は店休日だったので、スタバで軽食を摂りました。
しかしスタバの新メニューを常にチェックしている妻としては、
〝チョコレートプレッツェルモカ〟が飲めて、
そして何よりも一緒に愛宕神社にお参りできたことにかなり満足しているようでした。
毎年の行事にしようと思います。


社務所の方が言うには春には山全体が桜で色づくそうです。
六月のほおづき市なども機会があれば来てみたいと思います。




category: 生活と環境

thread: ライフ

janre: ライフ

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東日本大震災

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