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湯布院の思い出  

大分にお住まいの妻の同病の方のブログ記事で、
「湯布院」のことが書かれているのを読んだ。
福岡と同様に昨今は中国、韓国の旅行者が多いそうだ。

湯布院がまだ今ほどメジャーな観光地ではなかった'70年代後半の頃、
私の祖父がリュウマチの治療で長期療養入院していて、当時小学生だった私は
祖父に着替えの衣類などを届けるお使いによく通った。
当時は今みたいな高速鉄道はなかったので、
博多駅から久大本線の鈍行で何時間もかかった。
朝早めに家を出るので途中居眠りをするのだが「次は豊後中村~(2つ手前の駅)」
というアナウンスがあるとハッと目を覚ましたものだった。
湯布院駅の駅舎も建て替えられる前の古い駅舎で、
バスターミナルで病院行きのバスを待つ間、
よく自販機の噴水オレンジジュースを飲んでいたのを憶えている。

kahaku_16.jpg
こんなやつです。当時一杯20円くらいでしたか。

「辻馬車」は当時すでにあり何度か乗りましたが、
柳川の川下りにも似たのんびりして良いものでした。

せっかく来たのだからと祖父が連れて行ってくれた「金鱗湖」は
龍が棲むという伝説があり、霧に煙ってとても神秘的に見えた。


時が移って20歳代の頃にドライブで訪れていた湯布院は、
見違えるほど整備されていました。
金鱗湖も前ほど神秘性は感じなかった。

有名な「夢想園」は由布岳が眼前に迫る露天風呂で、
風呂上りにはコクのある地ビールが美味く。
まだまだ静かで趣のある観光地でした。
結婚前に妻と義両親とうちの親類の顔合わせをした時も、
翌日はレンタカーで露天風呂に入りに行った思い出の場所でした。


2011年に箱根と京都に行って以来まったく旅行には行っていないのですが、
いつかまた湯布院や黒川温泉に行きたいねと妻と話しています。
しかし、その時にはもうだいぶ頭の中のイメージとは違ってしまっているのかもしれません。
私の頭の中の九州の観光地のイメージはだいたい40年くらい前のものだから。
中国なら文革の爪痕が残ってる頃だし、かなりズレがある。

福岡の太宰府天満宮の参道に中国人相手のラオックスができるというニュースを見て、
「とうとうそこまで浸食されたか…」という思いが重なり昔の記憶を綴ってみました。

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